中3生になった6月のある日、陶真が別の高校への進学を希望していることを夫と私は、突然本人から聞かされることになりました。
陶真は、自分で描き出した将来の夢や未来の姿を、自分なりに形にしようとしていました。
その高校は関東地方にあり、合格すれば寮生活となり私たち家族とは離れての生活になりました。
自らの将来の夢の実現には、いくつかの選択がありましたが、陶真は関東地方の高校へ進学する道を選びました。
夫も私も、それを聞いて驚き、とまどいもありましたが、陶真の将来の夢を実現するために情報を集め、それを私たちに伝え、動き出した陶真を全力で応援したい気持ちに変わっていきました。
「ザ・普通の子」だった小学生(笑)のころとは比べものにならないくらいの成長ぶりを感じたできごとでした。
たとえ結果がどうなろうとも、自分がなりたい自分に向かう経験は、将来のどこかで陶真自身の成長の栄養分になるはずでした。
もしも自分で決めた道が途中で違うと気づいたなら、また来た道を戻り別の道を進んでいける柔軟さと、またそれに向かえる強さを身につけてくれることを願いました。
陶真はこの夏から、中高一貫校ではあろうことかの「高校受験」のための勉強に、人知れず取り組むことになりました。
小6生のときに塾長から「陶真くんは高校受験に切り替えてはどうですか?」といわれたことを、私は思い出だしていました。
確かに小学生のころの陶真はといえば、行動や態度に幼さがまだまだ多くあり、中学受験の勉強を自主的にできていたとはお世辞にも言い難いものがありましたが、今回は明らかに違っていました。
塾長の言ってたように、あの時中学受験を「高校受験」へと切り替えていたら…と、ふとそんなことが頭をよぎりました。
それでもやはり、中学受験をあきらめず、今の学校へ通えたことの方が陶真にとって最善の選択であったと思えました。
中学受験を経験し私立中学に通えているという自尊心と、私立中学ならではのそれぞれの理念に基づいた教えと情操教育によって、小学生のころからすれば別人のように成長した陶真がここにいました。
遅咲きの花がいつのまにか開き始め、ようやく咲き誇ろうとしているかのようでした。
【中3生の陶真】
5月―①定期考査
6月―学園祭
7月―②定期考査
10月―③定期考査、体育祭
12月―④定期考査
2月―⑤定期考査
中学の3学年と高校の3学年の6学年合同で行われた体育祭では、陶真の学年が他の5学年をおさえ、桐谷くんをはじめ、男子陣がぶっちぎりの運動能力を見せ、見事総合優勝を果たすことができました。
そのときに撮った写真には、今も陶真たちの自信に満ちた笑顔があふれていました。
11月―合唱コンクール、芸術鑑賞会
1月―志望高校の入試(第一次)
2月―志望高校の第一次試験合格発表、陶真、合格を果たす
志望校の入試(第二次)
3月―国内研修旅行(中学卒業旅行) 3泊4日のスキー研修旅行のため、北海道へ
中学卒業式、進級ガイダンス
3月下旬―中学卒業式、進級ガイダンス、志望高校の2次試験合格発表、卒業茶話会
生徒たちだけでの卒業式が終わった2日後、陶真と私は高校への進級ガイダンスが行われる講堂で始まるのを待っていました。
そこへ少し興奮したようすの夫から「陶真が繰り上げ合格になったで!」という連絡がありました。
同級生たちの席にいた陶真を呼び寄せ、そのことをそっと伝えました。
陶真が繰り上げになる可能性はあるにはありましたが、半ばあきらめかけていたこともあり、高校進級のためのガイダンスへ参加していました。
進級ガイダンスが終わり、その日の夜の3年生全体での卒業茶話会の前に、いったん家に戻った陶真、夫、そして私で今後の進路についてもう一度話し合いました。
このまま今の学校にとどまり進級するか?それとも目指すものにより早く近づくための新たな道へ向かうのか?
このとき陶真は、あっさりと後者を選びました。
陶真は、茶話会で、クラスの皆に今まで言わずにいたそれらのことを告げることになりました。
同級生の誰にも言わずに高校受験をし、2回の入試をくぐり抜け、そして合格を手繰り寄せた陶真のことを、同級生の誰もが祝福してくれていました。
寝耳に水だった皆でしたが、急きょ用意したまっさらな色紙に陶真へのお祝いの言葉を集め、この上ない祝福で、新たな道へ歩んでいく陶真の背中を押してくれていました。
出発の数日前、陶真と私は、お世話になった先生方に会うために、職員室のある校舎の廊下にいました。
3年間指導を受けた体育の先生から「けつ割るなよ。がんばれ」と激励を受け、中1生のときの担任の先生からは「違う高校へ行くかもしれないということを、もっと早く知りたかった」と、突然の報告をしたことで寂しい思いをさせてしまったようでした。
3年生の終わりに、陶真たちが担任の先生からある誤解を受けたときから、陶真たちを親身になって指導いただいていた校長先生には「合格おめでとう。私の知らないところで陶真くん頑張っていたんですね」と、陶真へのねぎらいの言葉をかけていただきました。
それから数日後、陶真は新たな道へと向かって、私たちと離れ、学生寮という集団生活に飛び込み、新たな道を歩き出しました。
陶真の私立中高一貫校は、思いもよらないことで、3年間の中学生活で終わりをむかえることになりました。
小学生までの陶真は、何度もいうように本当に「普通の子」でした(笑)。
私立中学のことを何も知らない公立中高出身の私は、憧れを持ちつつも半信半疑な気持ちのままで、そんな陶真を私立中高一貫校へ入学させました。
成績が良くて、将来性があって、進学校をめざすにふさわしいのならともかく、陶真のような普通の子を公立の3倍ほどの学費を払ってまで、「普通の親」の私たちが、私立中高一貫校へ入学させる必要があったのだろうか?
それはともかく、私自身の中では、私立中高一貫校入学への道のりも含め、わが子に対する最高の向き合いかたができたと、これだけは胸を張って言えました。
もし仮にわが子が、今通う小学校で、いわれのないいじめにあっている、個性を発揮できずにいるとしたら、小学校の同級生とのしがらみや狭い世界の中での理不尽な序列をリセットできることと、いじめに対しては退学処分も辞さない私立中高一貫校は、そんなわが子にとって救いの手となり得るはずだと確信しました。
そしてまた、私立中高一貫校へ入学し、もし経済的な理由や精神的な理由を抱えてしまった場合には、お先真っ暗に考える必要はなく、学校の意外なほどの臨機応変な対応によって、地元の公立中学への転校や公立高校へ進学した同級生も複数人いたと後になって知りました。
私立中高一貫校は、集団の中のただの一人としてではなく、個人としてのわが子へ関わりを持とうとしていると感じられました。
あとになり、誰にも言わずに「高校受験」をするよりも、進路指導の先生を信頼し頼るほうが、陶真にとってよかったのではないかと、少しの心残りを感じていました。
私立中高一貫校は、成績の良い子たちのためだけではなく、陶真のような「ザ・普通の子」のためにも良い影響を与えてくれることになりました。
返信がありません