次男の涼佑が挑む「中学受験」(2)

【2校の合格発表日】

合格発表日、家での落ち着かない午前中が過ぎていったあと、手早く昼食をすませた涼佑、そして夫と私は、2校へ向かうことにしました。

共学難関校私立中高一貫校ー関西圏の中学入試統一日午前入試合格発表

合格発表の時間まで、まだ少しありましたが、それがおこなわれる教室の前の廊下では、もうすでに十数人の保護者の列ができていました。
涼佑と私たちもその後に続いて待つことにしました。

その間、およそ15分ほどのはずでしたが、ここだけ時が止まってしまったかのような、期待と不安が入りまじった重々しさの中に私はいました。
しばらくすると、扉が開く音がして、私は緊張感が最大値になり、その状態のまま、並んでいた列に身を任せるように掲示板の前まで進んでいきました。

私が涼佑受験番号を目で追っていると「お母さん、あった!」と、いつになく高揚した涼佑の声が聞こえてきました。

そのあとすぐに、その番号が私の目にも飛び込んできたことで「涼佑、やったやん!」と、涼佑に駆け寄ると、人目もはばからず私たちは抱き合って、合格の喜びを分かち合いました。
涼佑涼佑受験番号を写真におさめて、少し冷静になった私は、あらためて周りを見回してみると、そこにいた受験生らしき小学生は、涼佑ただひとりだったことに気づきました。

1日目の午前入試を受ける受験生は、そこを第1志望校としていることがほとんどで、その場合、翌日のこの時は、3回めの入試の真っ最中ということもあり、この場所が思ったより静かだったのは、受験生本人がこの場にいないという理由があったからかもしれません。

そのあと私たちは、隣の教室で入学金を納入し、安堵感を胸に残しつつ、合格発表のある2校めへと向かいました。



共学中堅校私立私立一貫校(兄と同じ)」ー関西圏の中学入試統一日午後入試の合格発表


校長室の玄関前には、すでに合格者番号が張り出されている掲示板があるのが、ガラス越しに見えました。
3段ほどの階段を上がり、中へ入るとすぐ、創くんのママが私たちに駆け寄り、この上なく満面の笑顔で「創が受かってました!」との嬉しい報告を受けました。
そのあとすぐ、涼佑受験番号も掲示板にあることがわかり、涼佑と創くんを写真におさめると、当事者ではない夫と私の方が、より強烈な達成感に包まれているのではないかと、夫のいつになく笑顔こぼれる横顔を見ながら、私はそう思っていました。

今日という日はきっと、中学受験を選択した親である私たちへの最高のごほうびでもあり、最高の醍醐味でもある1日でした。


【第1志望校の入試】

公立中高一貫校」ー関西圏の中学入試統一日より4日後に入試

公立中高一貫校」入試を2日後に控えていた夕方、私のある決断を夫に話すことにしました。
私「公立中高一貫校の入試受けるのやめてもいいかな?」
夫「なんでや?」
私「涼佑公立より私立に行かせたほうがいい気がする」
夫「願書出したんやろ?受けるだけ受けさしたらどうやねん?」
私「もし受かったら、絶対公立に行かせることになるやん」
夫「あたりまえやろ!私立の金、それもあの学校の授業料、どんだけ高いかわかってんのんか?」
私「なんであの学校ってわかったん?」
夫「涼佑にしろ、おまえにしろ、あの学校がええと思ってるんやろ?それぐらいわかってたわ」

夫が言うように、地域で一二を争う授業料の高さが、今後の私たちに重くのしかかり、私たちを追いつめることは確かかもしれませんでした。
夫がいうように、涼佑にしろ私にしろ、坂の上のあの学校のことが、初めて訪れた日からどの学校よりも良いと思っていたのかもしれませんでした。

ただそのとき、何もかもを含め、なぜだか気になるだったり、なぜだか良いと思ったなどの私たち自身の直感に従うことが、涼佑にとっての最善の選択だと私の中の何かが訴えかけていました。

そのあと私は涼佑に「2日後の入試受けるのやめとく?」と聞いてみました。
すかさず「うん、そうする。受かる気がしない」と、まるで聞かれることがわかっていたかのような素早さで返ってきました。
口にすることはありませんでしたが、少し前から涼佑は、私立中高一貫校に照準を合わせ、受験勉強に取りくんでいたようでした。
そして合格という結果を得たことで、私立中高一貫校への進学がいっそう現実味を帯びてきた涼佑は、その時もはや公立中高一貫校という目標が消え去ってしまっていたのかもしれません。

不本意ながらも夫が、渋々了解したことにより、涼佑は「公立中高一貫校」を受験せずに、坂の上にある「共学難関校私立中高一貫校」へ通うことを決めました。

そのことを、塾の担任の先生へも電話で伝えたあと、共に「公立中高一貫校合格」をめざしていた根本航季くんへも伝えることにしました。

電話口の航季くんのママは、明らかにいつもの朗らかな彼女ではありませんでした。
涼佑と私たちの決断を手短かに話したあと、「実は…」と切り出した彼女から、いつもらしくない理由を聞くことになりました。

朝起きると熱があった航季くんは、念のため、2日後の「公立中高一貫校」の受験に備えて、病院へ行き、お薬を処方してもらうことにしました。
するとそこでの検査の結果、インフルエンザを発症していることがわかりました。

これまでの航季くんの頑張りを、近くで見てきたママにとって、どれほどの気持ちでいるのかを思うと、私はただ、彼女の途方に暮れている胸の内を聞くことしかできませんでした。

数日後の「公立中高一貫校」の合格発表の日、いつもより何倍も明るさをにじませた航季くんのママから、航季くんが合格したと報告を受けました。
入試前日に、航季くんがインフルエンザを発症していることを、学校へ連絡すると、学校からの配慮を得て、航季くんは、別室で無事受験することができ、ものの見事に合格を手にすることとなりました。

病魔という予想もつかない苦難に見舞われた航季くんでしたが、それを乗り越えようとする強い精神力と確固たる意志、そしてあきらめずに向かっていく行動力を持つことの大切さを、身をもって私たちへ示してくれていました。

小学校の卒業式では、中学受験に挑んだ涼佑たちは、少数派ながらも、ひときわ輝いて見えました。
彼らのその笑顔には、ひとつのことに向かい、そしてそれをやり遂げたことに対しての自信に満ちあふれていました。

涼佑の、そして私たち家族の中学受験は、予想もしていなかったかたちで終わりをむかえました。
それと同時に、予想もしていなかった未来が始まりをむかえていました。

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