【受験まであと1年に】
涼佑の夏休みは、ほぼないに等しく、学校全体が受験一色となって、大学受験に向かっているのがわかりました。
この時期、親の私たちができることは、毎度のお弁当作りと最寄り駅への送迎でした。
家に帰ってくるとダラダラ過ごす涼佑にイライラすることもしばしばですが、
受験勉強は学校で!家では休息を!
という担任の先生の言葉を思い出し、とにかくそう私自身に言い聞かせることにしました。

【卒業までのお財布事情】
〇授業料は私立高等学校就学支援金制度での、年間396,000円の補助がありとても助かっていました。
そのおかげもあり、平均的年収の私たちの経済状態でも、何とかこのまま無事卒業をむかえることができそうでした。
〇高校卒業はめどがついたものの、ほぼ貯金ができないまま、涼佑の大学受験に向かっていたため、大学入学資金(受験費用、入学金、大学前期納入金など)に頭を悩ませることになりました。
大学入学資金調達方法として思い浮かぶのはー
①学資保険
②預貯金
③貸与型奨学金
④教育ローン
計画性もなく、高収入でもない、その日暮らしが精いっぱいの私たち家族には、①学資保険と②預貯金は当然なく、③貸与型奨学金もしくは④教育ローンのどちらかにする以外に選択の余地はなさそうでした。
③についてはー夫はもとより、大学生が数百万円の奨学金を借りることに異を唱えていましたし、社会人になってからの返済といえど、そうすることに私もなにか釈然としない感覚を持っていました。
そのため大学入試まで半年を切ったころ、私たちは④教育ローンの申し込みをすることにしました。
涼佑への大学進学の条件としてー
第1条件)現役合格(第1志望大学でなくてもよく合格できた大学へ)
第2条件)国公立(理系の私学は経済的に無理なため)
第3条件)自宅外通学なら1~2年のあいだは寮生活(経済面かつ安心面を考慮して)
涼佑には酷に思えたようでしたが、そのときの私たちには、それがめいっぱいの譲歩でした。
そして幸いにも、数週間ののち、教育ローンの審査がおり、ひと息つくことができました。

このころの夫は、引っ越しを機にバイトをやめて、本業に専念していました。
私は引っ越す前のパートを続けていて、週に4日ほど、1時間以上を費やし通勤していました。
夫も私も、とにかく今できるだけのことを、ただやるしかないという気持ちでした。
今の私たちがしていることに対して、焦燥感や不安感が波のように繰り返し訪れては消えてゆきましたが、後悔や自責の念に駆られることは一度もありませんでした。
結果がどうあれ、今までの過程を懸命に歩んできたということに価値があると思えました。
きっと涼佑にもいつかそう思える日がくると信じたい、ただそう思っていました。
「中学入試」に真剣に向き合ってきた自分自身に、そしてそれに関わったすべてに対して、よりいっそう心からの感謝の気持ちを持ちました。
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